懺悔=トモダチって何さ

大学時代の友人Mがこういう意味合いのコトを云った。

「あたし達はアンタの事を友達と思ってるのにアンタはあたし達に何も打ち明けてくれない」


勿論『アンタ』とはSar、つまりあたしの事だ。そしてそれは真実だった。


いつからだろう。人と距離を置くようになってしまったのは。

そう、『人』。『他人』じゃない。家族にでさえも、あたしはあたしのココロの内を話さない。

いつから、だろう。

多分高校を中退することになったあたりから。(実際は転校なんだけどね)


《どうせ人にあたしのコトなんか理解できやしない》

1年間通った普通科の高校生活は、あたしにとってとても辛く。いま思えばそれはきっと甘えでしか無く、それでも逃げ出さずには居られなかった。

いじめがあったワケでもない。

仲の良い友達Iも出来た。今でも年に1回は何かの縁で逢ったりする。

それでも、息苦しく。とてもとても息苦しく。


つまり、こうだった。

Iはあたしの友達だけど、親友にしてくれなかった。

1番にしてくれなかった。

独占欲、じゃないけど、Iをこんなに好きなあたしが居るのに、Iは他の友達とも仲良くお喋りする。あたしの知らない話をする。判らない話をする。

《どうせあたしは1番になれない人間》

そう思ってしまったのかもしれない。


あたしの方はというと、Iのコト、一生つき合える友達かと問われると、答えに詰まる。

矛盾してる。

親友に選んでくれなかった寂しさより、悔しさのが勝つのだ。

あたしはその頃から思っていた。


《あたしより素晴しい人間が何処に居るの?》


笑えるくらい…ううん、今は、羨ましいくらい、『自分が一番』人間だったのだ。

そんなあたしに、Iは現実をつきつけてくれた。

《あんたなんかたいした人間じゃないよ》


実際そう云われたワケじゃないし、Iにしたってそんなこと考えて無いだろう。

でも…感じてしまった。


《人はあたしのことなんてどうでも良いんだ》



それから、あたしは友達を作るのを恐れた。

大学に入るとき、友達を作らずに4年間過ごそうと思ってた。

無理だったけど。

その結果、冒頭のMのセリフに繋がる。

現在、大学在学中に出来た友達とは殆ど会っていない。会っても、辛い。

楽しそうなフリをしなきゃいけないから、なるべく楽しそうに振舞う。

だけど、辛い。


何故かって云うと…

あたしが、あんた達のコトを友達だと思ってないからだ。


ごめんね、M。みんな。

あたしはあんた達のコトを、『大学生活を居心地良くする為の素材』としか見てなかったの。

これが本心。これが本音。


以上、懺悔です。



ちなみに、友人でなく親友はいる。


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