絶望=鬱病じゃない? |
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医者に処方された薬…アモキサンを飲んでも、無気力状態は変わらない。 医者は、それならば鬱病ではない、という意味合いの事を言った。 あたしに覆い被さってくる『期待感』とやらに耐えられなくなったのだと。 だから今は、やりたいと思ったことを何でもやって、好きな時に寝、好きな時に起き、好きなように過ごしなさいと言った。 あたしが死を想うようになったのは1ヶ月前。 1ヶ月と3日前、あたしはもう自分が駄目だと痛切に感じ、自殺の計画を立てた。 1ヶ月前があたしの命日になる筈だった。 だけど…『自殺』で検索してるうち、目に入ったのは『鬱病』の文字。 鬱病の人は突発的に手首を切ったり、死のうとしたりするらしい。 なら、ならば、あたしは病気の所為でこんなにも死にたいのか? 病気さえ治ればこの想いから解放されるのか? そんな考えが過り、あたしは誰にも云うまいと固く決意していた自殺の意思がある事を母親に伝え、病院に連れて行って貰うよう頼んだ。 そしてアモキサンが処方された。鬱病認定はされなかった。 鬱病では無い。 でも、やりたい事なんかひとつも無い。 ただ毎日、時間が過ぎるのをじっと、待っている。 その間、旅行にも行ったし、辞めると連絡していたライターの仕事をもう一度貰い〆切にも間に合った。 そして気づいた。『やる事』があるなら、あたしは必死になれる。それに熱中し、死を忘れる事が出来る。 でも…其れをやり終えた後に、虚脱感と疲労感が押し寄せることに。 仕事仲間の前で明るく振舞う。 死を想っていることなどひとことも発さず、そして試さずに。 不可能なことではない。 だからと云って根本的な解決にもならない。 あたしが死を忘れる為には。 『これは絶対的に課せられた使命だ』と思い込み毎日ひとときも置かず仕事に熱中するしかない。 不可能じゃないさ。不可能じゃ。 でも、そんな人生は倖せと云えるのか? この先何十年も、そうやって生きていくのか? 耐えられない。 鬱病じゃ無いのなら…いっそ誰か、殺してくれ! |